date: 2007年09月07日
modified: 2010年04月05日
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坂本龍馬暗殺事件
新選組原田左之助説とは 坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺の犯人として当時最も有力だった説で、刺客は十番組長の原田左之助を中心とした新選組、黒幕は紀州藩の三浦休太郎である。 新選組が嫌疑をかけられた直接の要因は、事件現場に刺客の遺留品と思われる鞘が残されており、元新選組の御陵衛士(高台寺党)が「これは原田左之助の刀の鞘と思う」と証言したからである。 また、このころ海援隊のいろは丸が紀州藩船と衝突しており、...
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date: 2007年09月07日
modified: 2010年03月08日
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坂本龍馬暗殺事件
見廻組渡辺篤説とは 坂本龍馬・中岡慎太郎殺害の犯人であると、元見廻組の渡辺篤が名乗り出たもので、実行犯は「京都見廻組」、黒幕は「幕府」である。 渡辺篤がつづったものとして、『渡辺家由緒暦代系図履暦書』がある。これは明治44年(1911年)に書かれたものであるが、龍馬殺害の様子は、記者が今井信郎の実歴談を改ざんした『近畿評論』(明治33年)の内容と似ている。 また、共犯として今井信郎の名を挙げてい...
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date: 2007年09月07日
modified: 2010年03月08日
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坂本龍馬暗殺事件
近畿評論の捏造 ところが、大正13年(1924年)になって、今井信郎の告白を掲載した『近畿評論』の記事の一部が、捏造されていたことが発覚した。『近畿評論』へ寄稿した結城礼一郎が、その手記『お前たちのおぢい様』で告白したのである。 この中で結城は、「記事は、旧友の息子である自分が、今井さんに無理をお願いして話してもらったのである。新聞の読み物として書いたのだから、事実も多少脚色し、龍馬を斬った光景...
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date: 2007年09月07日
modified: 2010年03月08日
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坂本龍馬暗殺事件
谷干城の反論 『近畿評論』5月号(第17号、明治33年)に掲載された今井信郎の告白記事は、事件直後に近江屋へ駆けつけた旧土佐藩士の谷干城が知るところとなった。そして、明治39年(1906年)11月、招魂社(護国神社)において「近畿評論を駁す」と題する演説がおこなわれることになった。 『谷干城遺稿』(明治45年靖献社) 坂本が斬られたという報告があったので、すぐ現場に駆けつけていった者が、私と毛...
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date: 2007年09月07日
modified: 2010年03月08日
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坂本龍馬暗殺事件
見廻組今井信郎説とは 坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺の犯人として現在最も有力な説であり、実行犯は「京都見廻組」、黒幕は「会津藩主松平容保」である。 刺客の1人である今井信郎が五稜郭で降伏した後、坂本龍馬殺害の犯人として明治3年(1870年)2月に取調べを受け、9月禁錮刑に処せられている。その際の自供によると、「自分は確かに現場にいたが見張り役であり、直接手は下さなかった」とあり、判決もそれを認めている...
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