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世の人はわれをなにともゆはゞいへ わがなすことはわれのみぞしる

坂本龍馬年表 (三)

文久三年(1863年)29歳
1月1日 千葉重太郎・近藤長次郎とともに兵庫から大坂へ向かう。(『海舟日記』)
1月11日 勝海舟に従い望月亀弥太・千屋寅之助・高松太郎とともに大坂から兵庫に向かう。(『海舟日記』)
1月13日 幕府艦順動丸に乗船して兵庫を出港する。(『海舟日記』)
1月15日 勝海舟と下田寄港中の山内容堂が会談し、龍馬の脱藩罪赦免が内諾される。(『亡友帖』)
1月16日 品川に到着した順動丸から下船し、勝海舟邸に入る。(『再遊筆記』)
1月22日 幕府の浪士募集策を批判する。(『雄魂姓名録』)
1月24日 千葉重太郎の尊攘思想を批判する。(『雄魂姓名録』)
1月25日 大久保一翁と面談する。(『雄魂姓名録』)
2月5日 近藤長次郎・新宮馬之助・岡田以蔵・黒木小太郎とともに岡田星之助の殺害を計画する。(『海舟日記』)
2月25日 正式に脱藩罪が赦免される。(『遣倦録』)
3月1日 新宮馬之助とともに大坂の勝海舟を訪れる。(『海舟日記』)
3月6日 安岡金馬とともに航海術修行の藩命を受ける。(『遣倦録』)
3月20日 姉・乙女に勝海舟への弟子入りを伝える手紙を書く。(同日付龍馬書簡)
4月2日 大久保一翁と面談し、松平春嶽宛の親書を託される。(同日付大久保一翁書簡)
4月3日 順動丸で品川を出航する。(4月6日付大久保一翁書簡)
4月9日 大坂に到着する。(『海舟日記』)
4月10日 和歌山の勝海舟を訪れる。(『海舟日記』)
4月11日 勝海舟と面談する。(『海舟日記』)
5月2日 姉小路公知とともに入京する。(『維新土佐勤王史』)
5月16日 海軍塾設立資金援助を依頼するため、福井の松平春嶽のもとへ出立する。(『海舟日記』)
5月17日 姉・乙女に神戸海軍操練所設立を伝える手紙を書く。(同日付龍馬書簡)
5月27日 京都越前藩邸の中根雪江を訪ね、松平春嶽の上洛を促す。(『続再夢紀事』)
5月30日 勝海舟に従い舞子を訪れ、砲台改修の準備を行う。(『明石藩日記』)
6月1日 舞子での作業を終える。(『明石藩日記』)
6月14日 姉・乙女に千葉佐那を紹介する手紙を書く。(『同日付龍馬書簡』)
6月16日 池内蔵太の母に内蔵太の脱藩に理解を求める手紙を書く。(同日付龍馬書簡)
6月25日 佐藤与之助・高松太郎とともに舞子を訪れ、左海屋に宿泊する。(『明石藩日記』)
6月26日 長州藩士による小笠原長行襲撃の勧誘を断る。(『海舟日記』)
6月28日 姉・乙女に「ねぶと論」を語る手紙を書く。(同日付龍馬書簡)
6月29日 京都越前藩邸の村田巳三郎と面談し、騎兵銃1挺を贈る。(『続再夢紀事』)
同日 姉・乙女に「日本を今一度せんたくいたし申候」を語る手紙を書く。(同日龍馬書簡)
7月1日 近藤長次郎とともに福井藩邸を訪れ、村田巳三郎と面談する。(『続再夢紀事』)
7月25日 佐藤与之助と連名で江戸の勝海舟に近況を伝える手紙を書く。(同日付書簡)
8月下旬頃 乙女・春猪に天誅組敗戦にふれた手紙を書く。(同日付龍馬書簡)
9月23日 沢村惣之丞とともに江戸の大久保一翁を訪問する。(9月24日付大久保一翁書簡)
11月3日 横井小楠が勝海舟にあてた手紙で、近藤長次郎とともに礼を伝えられる。(『同日付横井小楠書簡』)
11月7日 京都福井藩邸で松平春嶽に拝謁する。(『京華日録』)
12月6日 勝海舟、江戸詰土佐藩従目付に龍馬らの帰国延期を要請する。(12月6日付勝海舟書簡)

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