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事件関係者の行動

坂本龍馬暗殺のタイムライン

時間 人物 出来事 史料
慶応3年(1867年)
10月09日 坂本龍馬 大坂から京都へ上り、材木商酢屋喜兵衛方に投宿する 『岡内俊太郎書簡』
10月13日 坂本龍馬 酢屋から醤油商近江屋新助方へ宿を移す 『岡内の書簡抄』
10月 伊東甲子太郎 龍馬の宿を訪ね、同席の中岡慎太郎とともに身辺警戒の忠告を与えたという 『池田徳太郎事歴』
10月17日 吉井幸輔 龍馬に近江屋からの転居を進言する 『望月清平宛龍馬書簡』
10月18日 坂本龍馬 望月清平に転居先の周旋を依頼する手紙を書く 『望月清平宛龍馬書簡』
同日 坂本龍馬 伊東甲子太郎ら御陵衛士の屯所月真院を訪ねる 『史談会速記録』
10月23日 坂本龍馬 後藤象二郎より越前福井行を依頼される 『岡本健三郎宛龍馬書簡』
10月24日 坂本龍馬 岡本健三郎とともに福井へ旅立つ 『岡本健三郎宛龍馬書簡』
11月05日 坂本龍馬 福井から帰京する 『神山左多衛雑記』
11月10日 中村半次郎 散歩途中に龍馬と出会う 『京在日記』
11月11日 坂本龍馬 幕府大目付永井尚志と会談する 『龍馬書簡』
11月14日 坂本龍馬 風邪のため近江屋の土蔵から、母屋2階に移るという(井口新之助談) 『坂本龍馬関係文書』
同日 寺田屋登勢 近江屋に使いを差し向け、土佐藩邸に移ることを勧めたという 『伏見寺田屋覚書』
11月15日
15:00 坂本龍馬 福岡藤次の下宿を訪問する 『雋傑坂本龍馬』
17:00 坂本龍馬 再び福岡藤次の下宿を訪問する 『雋傑坂本龍馬』
- 坂本龍馬 中岡慎太郎の訪問を受け、2階で面談する 『後藤象二郎』
- 宮地彦三郎 近江屋を訪ねて龍馬、中岡慎太郎とあいさつを交わす 『宮地彦三郎真雄略伝』
- 坂本龍馬 岡本健三郎と菊屋峰吉が来訪する 『後藤象二郎』
- 淡海槐堂 近江屋を訪ねて雑談したという 『淡海槐堂先生略伝』
- 菊屋峰吉 龍馬に頼まれて軍鶏を買いに出掛け、岡本健三郎も近江屋を辞去する(菊屋峰吉談話) 『維新史跡図説』
20:00 坂本龍馬 刺客に襲われ、脳をやられてほぼ即死 『寺村左膳道成日記』
- 中岡慎太郎 意識はあるものの全身を斬られて重傷 『寺村左膳道成日記』
- 山田藤吉 背中を斬られ意識不明の重体 『寺村左膳道成日記』
20:30 菊屋峰吉 近江屋に帰宅し、島田庄作から事件を聞く(菊屋峰吉談話) 『維新史跡図説』
- 谷干城 一報を受けて毛利恭助とともに駆けつける 『谷干城遺稿』
- 曽和慎八郎 土佐藩邸から駆けつける 『殉難録稿』
- 田中顕助 峰吉の知らせを受け、吉井幸輔とともに近江屋に馳せつける(田中光顕口述) 『坂本龍馬関係文書』
11月16日 山田藤吉 死亡 『宮地彦三郎書簡』
11月17日 中岡慎太郎 午後になって絶命 『宮地彦三郎書簡』
同日 海援隊 大坂の隊士が近江屋に駆けつける 『海援隊日記』
同日 坂本龍馬 中岡慎太郎とともに東山の霊山に埋葬される 『海援隊日記』
11月27日 海援隊 長崎の隊士のもとに事件が伝えられる 『保古飛呂比』
12月02日 お龍 佐柳高治から訃報を聞く 『三吉慎蔵日記』
12月07日 陸奥陽之助 海援隊士、陸援隊士とともに天満屋の紀州藩士三浦休太郎を襲撃する -
明治3年(1872年)
9月20日 今井信郎 坂本龍馬殺害に関わったとして、禁固刑に処せられる 『坂本龍馬関係文書』

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