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坂本龍馬年表 五

和暦 西暦 月日 内容
慶応元年 1865年 3月18日 幕府、神戸海軍操練所を廃止する
4月5日 京都の薩藩士吉井幸輔方で土方楠右衛門と会談する
薩長和解の周旋に賛同する
4月12日 幕府、第二次征長令を発する
4月22日 西郷吉之助、小松帯刀に同行し京都を発つ
4月25日 神戸海軍塾の同志と共に大坂を出立する
4月26日 薩摩藩船胡蝶丸に乗り込み、鹿児島に向かう
5月1日 鹿児島に到着する
西郷吉之助方に滞在し、後に小松帯刀方に移る
5月-日 薩摩藩から薩長和解の周旋を依頼される
5月16日 鹿児島を出立する
神戸海軍塾の同志、小松帯刀に同行し長崎へ
5月19日 熊本沼山津の横井小楠を訪問する
白の琉球絣の単衣を着、鍔細の大小を差した色黒の大男と伝えられる
5月23日 大宰府に到着する
5月24日 五卿に拝謁し、薩長和解を説く
5月25日 東久世通禧に謁見し、「偉人なり奇説家也」と評される
5月27日 三条実美に再び拝謁する
5月28日 小田村素太郎、安芸守衛と共に大宰府を出立する
この頃 神戸海軍塾の同志、薩摩藩と豪商小曽根家の援助を受け社中設立を計画する
閏5月1日 筑前黒崎から下関に渡る
小田村素太郎の紹介で入江和作をたずね、越綿屋弥兵衛方に宿泊する
閏5月2日 病気のため町村屋清蔵方に移り静養する
閏5月5日 白石正一郎方で土方楠右衛門と会談する
閏5月6日 時田庄輔の案内で桂小五郎と会見し、薩長和解を説く
中岡慎太郎、鹿児島に到着する
閏5月11日 武市半平太(37)、切腹する
閏5月16日 中岡慎太郎、西郷吉之助と共に鹿児島を出立する
閏5月18日 中岡慎太郎、佐賀関に寄港する
西郷吉之助、下関に寄らず京都に向かう
閏5月21日 中岡慎太郎、単身下関に来訪する
桂小五郎、大いに憤慨す
閏5月24日 総領事ファン・ポルスブックと桂小五郎の会談に立ち会う
閏5月27日 桂小五郎、山口に帰国する
閏5月29日 中岡慎太郎と共に上京する
この頃 長崎亀山に社中を設立し、商社活動を開始する
6月14日 備前西大寺に到着する
6月15日 藤井に到着し、備前藩士津田彦右衛門・小松源治と会談する
6月24日 京都薩摩藩邸で西郷吉之助と会談する
先の違約を責め、長州藩のため兵器購入の名義貸しを要請する
7月上旬 大和十津川から上京した田中顕助の援助を受ける
7月19日 長州に向かう中岡慎太郎と田中顕助を伏見まで見送る
7月21日 長州藩、兵器購入のため井上聞太と伊藤俊輔を長崎に派遣する
上杉宋次郎の紹介で小松帯刀と面談し、薩摩屋敷に潜伏する
7月27日 福岡藤次と共に伊達宗城に拝謁する
8月中旬 長州藩、高松太郎の斡旋で英国商人グラバーから銃を購入する
9月6日 京都寺町で川村盈進に出会い、実家の様子を聞く
9月7日 兄権平・姉乙女・おやべに長州藩の動静を伝える手紙を書く
9月9日 姉乙女・おやべに亀山社中設立と楢崎龍を紹介する手紙を書く
池内蔵太の家族に内蔵太健在を知らせる手紙を書く
9月-日 姉乙女に『烈女伝』を送ることを依頼する手紙を書く
9月24日 西郷吉之助と共に京都を出立し、大坂へ下る
9月26日 兵庫で胡蝶丸に乗船する
9月29日 周防上ノ関に上陸し、長州藩家老浦靱負と会談する
10月3日 池内蔵太に京都情勢を伝える手紙を書く
小田村素太郎と会談し、薩摩藩への兵糧米供給を要請する
10月4日 長州藩、薩摩藩への米供給を承認し桂小五郎に調達を命ずる
10月7日 下関の白石正一郎をたずねる
10月8日 印藤聿と会談する
10月19日 長州藩、上杉宋次郎の周旋により英国商人グラバーからユニオン号を購入する
上杉宋次郎と井上聞多の間で『桜島丸条約』が成立する
10月21日 下関で桂小五郎と会談し、上京を勧める
継母伊与(62)、死去する
11月7日 幕府、諸藩に長州出兵を命ずる
11月上旬 桜島丸の下関入港を待ち上京する
西郷吉之助に兵糧米の件を報告し、使者を長州を派遣するよう勧める
11月中旬 薩摩藩士黒田了介、山口に赴く
11月24日 大阪を出発し、上ノ関に寄港し長崎に向かう
12月3日 桜島丸運用権についての紛議のため下関を訪問する
印藤聿に下関到着を知らせる手紙を書く
12月14日 長州藩海軍局総官中島四郎と会見し、『桜島丸改定条約』を結ぶ
岩下佐次右衛門・吉井幸輔に西国事情を知らせる手紙を書く
12月27日 桂小五郎、黒田了介らと共に三田尻から乗船し上洛の途につく
12月29日 印藤聿に上京の同伴者を求めた手紙を書く
-月-日 姉乙女、岡上家を離退する(慶応3年11月説あり)

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