維新志士が語る坂本龍馬
西郷隆盛(薩摩藩士)
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「天下に有志あり、余多く之と交はる。然れども度量の大、龍馬に如くもの、未だ曽て之を見ず。龍馬の度量や到底測るべからず」(千頭清臣 『坂本龍馬』) 妻糸子が古ふんどしを龍馬に与えたことを知り |
木戸孝允(長州藩士)
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寺田屋遭難の一報を受け |
三吉慎蔵(長府藩士)
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「過激なることは毫も無し。かつ声高に事を論ずる様のこともなく、至極おとなしき人なり。容貌を一見すれば豪気に見受けらるるも万事温和に事を処する人なり。但し胆力は極めて大なり」(『毛利家文庫』 三吉慎蔵談話ノ要) |
住谷寅之介(水戸藩士)
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「龍馬誠実可也の人物、しかして撃剣家、事情迂闊、何も不知とそ」 |
岩倉具視(公家)
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「中岡、坂本二子を見るを得たるは則ち、大橋子の恵みなり。誼を条公に通じ、交を西郷、木戸、広沢、黒田、品川五子に結びたるは中岡、坂本二子の恵みなり」 |
東久世通禧(公家)
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「偉人なり、奇説家なり」 |
尾崎三良(三条実美衛士)
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「時に坂本、名を変じて才谷梅太郎と云ふ。幕吏の探偵を避くるなり。然るも尚流言あり、土佐の豪侠坂本は、頃日、浪士三百人を率ゐ窃に京師に入込めりと、幕吏の之を忌憚する事甚し」(尾崎三良 『尾崎三良自叙略伝』) |
松平春嶽(越前藩主)
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「坂本龍馬氏は土州藩士にして国事の為に日夜奔走して頗る尽力せしは衆庶の知る所なり」 |
由利公正(越前藩士)
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「小楠の邸宅は、私の家と足羽川を隔てゝ対い合って居た。或日、親戚の招宴でおそく帰った処、夜半に大声で戸を叩く者がある。出て見ると、小楠が坂本と一緒に小舟に棹して来た。そこで三人が炉を抱えて飲み始めたが、坂本が愉快極って『君が為捨てる命は惜しまねど心にかゝる国の行末』という歌を謡ったが、其の声調が頗る妙であった」 |









