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知人縁者が語る坂本龍馬

楢崎龍(坂本龍馬妻)

楢崎龍

「龍馬はそれはそれは妙な男でして、丸で人さんとは一風違って居たのです。少しでも間違った事はどこまでも本を糺さねば承知せず、明白に誤りさへすれば直にゆるして呉れまして、此の後は斯く斯くせねばならぬぞと丁寧に教へて呉れました。衣服なども余り綺麗にすると気嫌が悪るいので、自分も垢づいた物ばかり着て居ました。一日縦縞の単物をきて出て、戻りには白飛白の立派なのを着て来ましたから、誰れのと問ふたら、己れの単衣を誰れか取って行ったから、おれは西郷から此の衣物を貰って来たと云いました。長崎の小曽根で一日、宿の主人等と花見に行く時お内儀さんが、今日は美いのを御召しなさいと云ったけれど、私は平生着の次ぎのを被て行きましたが、龍馬が後で聞いて、よかったよかったと云って喜びました。十人行けば十人の中で何処の誰やら分からぬ様にして居れと、常に私に言ひ聞かせ、人に軽蔑せられると云へば、夫れが面白いじゃないかと云って居りました」

「一戦争済めば山中へ這入って安楽に暮す積り、役人になるのはおれは否ぢゃ、退屈な時、聞きたいから月琴でも習っておけ、お師匠さんを捜して呉れましたので、私は暫く稽古しましたが、あなたに聞いて頂くなら、も少し幼少い時分から稽古して置けば宜かったと大笑でした」(土陽新聞 『千里駒後日譚』)

「龍馬、中岡が河原町で殺されたと聞き、西郷は怒髪天を衝くの形相凄じく、後藤を捕へて、ヲイ後藤貴様が苦情を云はずに土佐屋敷へ入れて置いたなら、こむな事にはならないのだ…、全躰土佐の奴等は薄情でいかんと、怒鳴りつけられて後藤は苦い顔をし、イヤ苦情を云った訳ではない、実はそこにその色々…、何が色々だ、面白くも無い、如何だ貴様も片腕を無くして落胆したろう、土佐薩摩を尋ねても外にあの位の人物は無いわ…、ええ惜しい事をしたと流石の西郷も口惜泣きに泣いたさうです」(安岡重雄 『反魂香』)

平井加尾(平井収二郎妹)


兄収二郎から龍馬脱藩の知らせを受け
「龍馬の奇行ハ今に始めぬことながら、定めて一大事を思ひ立ちしものならん」(『涙痕録』)

近郷の婦人連


幼少時代の龍馬を評し
「龍馬さんはぼんやりだ」(千頭清臣 『坂本龍馬』)

信田歌之助(柔術師範)


柔術で何度負けても勝負を挑む龍馬を評し
「強情、坂本の如きは未だかつてその例を見ず」

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