坂本龍馬逸話 二
天狗退治
いつの頃からか市外潮江に一人の怪しい坊主が住み着き、自らを「天狗の使者なり」と言い、近隣の農民を騙してわずかな生活の糧を奪っていた。
左源太なる人物はこれに深く憤りを感じ、坂本龍馬に「できることならば、君と一緒にこの怪僧を懲らしめたい」と相談をもちかけ、龍馬はこれを快諾した。
2人は深夜に坊主のもとを訪れ、坊主が天狗台と呼ぶ場所へと案内された。天狗台は屋上にあり、そこには祭壇が設けてあった。
坊主は「ひざまずいて礼拝し、決して仰ぎ見てはいけない。そうすれば石槌蔵王権現の降臨があるであろう」と語った。
龍馬が祭壇の下に身を潜めしばらく待つと、祭壇の後ろに黒影が現れ、奇妙な音を発して「我こそは神霊なれ」と叫んだが、言葉が終わらないうちに龍馬は素早く黒影を捕まえ、その面に鉄拳を叩き込んだ。
すると黒影は「許してくれ、私は先程の天狗の使者だ」と叫んだ。龍馬は厳しくこの邪智(悪知恵)を非難し、即刻この坊主を追放したという。
強情、坂本の如きは未だかつてその例を見ず
ある日のこと。江戸で剣術修行中であった坂本龍馬は、柔術師範家の信田歌之助に稽古試合を申し入れた。
龍馬は三度挑み、三度とも信田に絞め落とされ負けた。それにも関わらず、龍馬が「先生、今一度」と重ねて挑戦してきたので、疲れた信田は「最早、技量の程はわかったであろう」と挨拶して帰った。
信田は後日、「強情、坂本の如きは未だかつてその例を見ず(坂本程の強情な奴は今まで見たことがない)」と人に語ったという。
君は内に居て人を造り、僕は外に居て船を得べし
江戸剣術修行から帰国した坂本龍馬は、西洋事情に詳しい画家河田小龍のもとをたずね、会談を申し込んだ。
会談の中で龍馬は、「船は金策さえできれば手に入るわけだが、これを運用する同志がなければ何の用にも立たない。僕はこの点について悩んでいるのだが、何か工夫があるか聞きたい」とたずねた。
すると小龍は、「従来より俸禄に満足している人に志がない。在野にいる優秀な人物は、志はあるが行動を起こすための金銭が無く、何もできないでいることを嘆き憤る者も少なくない。この者たちを教育すれば人材を確保することができる」と答えた。
龍馬もこの案に賛同し、「もっともの意見だ。これから君は内にて同志の教育に専念して欲しい。僕は外にて汽船を手に入れることに骨を折ることにする」と海軍創設の約束を交わして別れを告げたという。
