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7. 事件の第一報

「寺村左膳道成日記」

慶応3年(1867年)11月15日夜、土佐藩重役の寺村左膳は、芝居見物を終えての帰り道で、坂本龍馬と中岡慎太郎が殺害されたとの注進を受けました。

寺村の日記には、次のように事件の模様がしるされており、これがもっとも早い時点で事件について記録したものと考えられます。

寺村左膳

土佐藩士。中老職寺村主殿の3男として生まれる。前藩主山内容堂の御用役として公武合体に奔走し、土佐藩の大政奉還建白には後藤象二郎、福岡孝弟らとともに署名した。明治元年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いへの参戦に反対し、板垣退助ら討幕派と対立。同年6月、士籍を剥奪され安芸郡野根山に蟄居した。のちに赦免されたが、晩年は不遇だった。

横田達雄編「寺村左膳道成日記」『青山文庫所蔵資料集』高知県立青山文庫後援会、昭和55年(1980年)

同年十一月十五日
朝七ツ時より寺田同道外五人斗召連四条之芝居見物ニ参る。自分芝居見物始而也。(中略)随分面白し夜五時ニ済、近喜迄帰る処留守より家来あわてたる様ニ而注進有、子細ハ坂本良馬当時変名才谷楳太郎ならびに石川清之助今夜五比両人四条河原町之下宿ニ罷在候処、三四人之者参リ才谷ニ対面致度とて名札差出候ニ付、下男之者受取二階へ上リ候処、右之三人あとより付したひ二階へ上リ矢庭ニ抜刀ニ而才谷石川両人へ切かけ候処、不意之事故両人とも抜合候間も無之、其儘倒候由、下男も共ニ切られたり、賊は散々ニ逃去候よし、才谷即死セリ、石川ハ少々息は通ひ候ニ付、療養ニ取掛りたりと云、多分新撰組等之業なるべしとの報知也。右承る否御目附方よりハ夫々手分し而探索させたるよし也。
然るに此者両人とも近比之時勢ニ付、寛大之意を以黙許せしと雖ども、元御国脱走者之事故未御国之命令を以、両人とも復籍の事ニも相成ず、其儘ニ致し有し故表向不関係之事。


[現代語・意訳]

同年11月15日
朝4時頃から寺田ほか5人ばかり召し連れて四条の芝居見物に参る。自分は芝居見物がはじめてである。(中略)随分面白く夜8時に終わり、近喜まで帰ったところ家来よりあわてた様子で注進があり、子細は才谷梅太郎(坂本龍馬)ならびに石川清之助(中岡慎太郎)が、今夜8時頃四条河原町の下宿にいたところ、3、4の者が訪れ、才谷に面会を申し入れて名札を差し出したので、下男の者(藤吉)が受け取り2階へあがると、その3人が後からついて2階へ上がり、突然抜刀して才谷と石川に斬りかかった。不意のことゆえ両人は刀を抜き合う間もなく、そのまま倒れた。下男もともに斬られた。賊は散々に逃げ去った。才谷は即死。石川は少々息があったので療養に取りかかったという。たぶん新選組の仕業であろうとの報告である。御目付役によりそれぞれ手分けして探索させているという。
しかるにこの両人とも近頃の時勢につき、寛大な意をもって黙認されていたが、元お国を脱藩した者であり、未だお国の命令で復籍となっていないので、2人の遭難は表向きは藩と無関係である。

寺村左膳道成日記

横田達雄編。土佐藩士・寺村左膳の日記。原本は所在不明で、写本が高知県高岡郡佐川町の青山文庫に所蔵されている。

日記によると、家来がつたえたのは、「午後8時ごろ、近江屋をおとずれた3、4名の武士が、名刺を差し出し龍馬に面会をもとめた。従僕のあとについて2階へあがった3名が、龍馬と中岡に襲いかかり、龍馬は即死、中岡は治療を受けている。新選組の仕業だろう」というものです。

この日記から、事件直後に土佐藩上層は、かなり正確な情報をつかんでいたことがわかります。

ここで刺客は新選組としていますが、「多分新撰組等之業なるべし」とあり、あくまで推測の域をでません。おそらく池田屋事件や三条制札事件の印象から、かれらの凶行とむすびつけられたと思われます。

「寺村左膳手記」

このあとにまとめられた手記では、情報が更新されており、刺客の人数が7人となっています。

岩崎英重編「寺村左膳手記』」『維新日乗纂輯』日本史籍協会、大正15年(1926年)

一、十一月十五日之夜五ツ頃、坂本良馬旅宿へ、何者共不知七人推参致し、石川清之助と両人対話の処(但二階也)、右七人の中三人、状を持参せりとて差出すや否や、抜討に切付、良馬は即死。清之助并家来一人は深手を受。只今両人共養生中也。相手は即坐に逃去り、不相分候。此相手追て相聞へ候には、幕の新撰組と云也。


[現代語・意訳]

一、11月15日の夜8時頃、坂本龍馬の宿舎へ何者とも知れないものが7人訪問した。2階で石川清之助(中岡慎太郎)と対談していたところ、3人が手紙を持参してきたと差し出すと同時に、抜き打ちに斬りかかり、龍馬は即死。清之助と家来1人(藤吉)は深手を受け、2人とも養生中である。刺客は即座に逃げ去り、行方不明。伝聞によると、幕府新選組の犯行である。

寺村左膳手記

岩崎英重編。日記をまとめたもので、『維新日乗纂輯』の第3巻に収録されている。


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